糖尿病が急に悪くなったときは膵臓の検査を

東京都で新型コロナウイルスの新規感染が相次ぎ、昨日(7月9日)はとうとう224名と過去最多を記録しました。前回の記事でも書きましたが、積極的に検査数を増やした結果ともいえること、重症者は増えておらず医療供給体制にも余裕があることなどから、緊急事態宣言のころと同じように怖がる必要はないと思います。しかし、本日から予定通りイベント開催制限が緩和されたことで、さらに感染拡大が爆発しないか不安を感じざるを得ません。

さて、本日の本題はコロナウイルスとは少し離れて、糖尿病の症例のお話です。

10年以上糖尿病のコントロール良好だった男性

10年以上前から高血糖を指摘されている男性ですが、食事療法や運動など積極的に取り組んで、ずっと薬は使わずにコントロール良好を維持していました。

糖尿病のコントロールの良し悪しの判断は、一般的にはHbA1cを目安にします。大雑把には6.0%未満なら正常、正常値から多少はみ出しても、7.0%未満なら糖尿病の合併症が進行するリスクは低いのでコントロール良好と判定します。

この患者さんはずっと6.5%程度を維持してきました。ところが半年前の健診で初めて7.0%まで上昇しており、いつも以上に気を付けていたのですが、3か月前の検査では7.5%とさらに悪化していました。

その後はますますストイックに食事を制限し、ランニングの回数を増やして、元々肥満ではなかった体重をさらに2㎏減量してきました。にもかかわらず今回血糖値が300を超え、HbA1c は10%以上と、大きく悪化してしまいました。

頑張っているつもりでも実はどこかやり方を間違えて落とし穴にはまって、食生活のバランスが乱れている場合もたまにありますが、この患者さんにかぎってそんなことはなさそうです。

こんな時に医師は以下のような可能性を考える

  1. 2型糖尿病だと思われていた病態が1型糖尿病に変化した、あるいは「隠れ1型」糖尿病だった?
  2. 糖尿病に悪影響する薬を使った?
  3. 糖尿病に悪影響する病気を併発した?

1)のようなケースはまれにあります。血糖値を下げるホルモンであるインスリンは、膵臓のランゲルハンス島β細胞で作られますが、1型糖尿病はこのランゲルハンス島に何らかの原因(自己免疫による炎症が多い)で炎症が起こってβ細胞が破壊され、インスリンを作れなくなる病気です。

1型糖尿病は通常は急激に発症進行してインスリン注射が必要になることが多いですが、ゆっくり何年も(人によっては10年以上も)かかって進行する「緩徐進行1型糖尿病」という病気があることもわかっています。この場合、初期にはインスリン注射が必ずしも必要でなく、2型糖尿病と同じように見える事が多く、食事療法のみでコントロールが良好に維持できる場合も少なくありません。しかし、長年のうちに徐々にβ細胞の破壊が進行すると、最終的にはインスリン注射が必要になる時期が来ます。

また、ずっと2型糖尿病であった患者さんのランゲルハンス島に、ある日突然炎症が起こってβ細胞が破壊され、1型糖尿病を発病することも理論上はあり得ます。

2)のケースで一番多いのは副腎皮質ホルモン(ステロイド)という薬です。アレルギーの治療で飲み薬として使ったり、関節痛や腱鞘炎などで局所注射として使ったりするケースが多いので、患者さんには「他の病院で治療を受ける際には糖尿病を持っていることを必ず伝えるように」と指示しており、糖尿病の病状経過を記録した糖尿病手帳を持ってもらっています。

最近話題の薬では、本庶佑先生のノーベル賞で有名になった抗がん剤オプジーボで1型糖尿病の中でも特に急激な経過をたどる劇症1型糖尿病を発病することがあることも知られています。

3)のケースで一番注意しないといけないのは、膵臓がんです。糖尿病の患者さんには膵臓がんが多い(糖尿病がない人に比べて1.85倍)ことが知られており、膵臓がんになるとインスリンを作るランゲルハンス島も侵されるため糖尿病は急激に悪化します。

この様な可能性をいろいろ考えて、糖尿病悪化の原因を突き止めることと、血糖値を下げる治療を並行して行います。この患者さんは体内でのインスリン分泌を示すCペプチドがかなり低くなっていましたが、ゼロに近づいているわけではなく、1型糖尿病に関連する自己免疫の手がかりとなる抗GAD抗体という検査も陰性でした。これをもって1型糖尿病の可能性を完全に否定することはできないのですが、その可能性が低そうだとは言えます。

他の病院で治療を受けたことはなく、ステロイドなどの薬による影響は考えられませんでした。

膵臓がんの可能性を考慮して急いで腹部エコーを実施したところ、膵臓が全体的に腫れており、膵臓がんの腫瘍マーカーであるCA19-9がわずかに上昇していました。膵臓に何かあることは間違いなさそうです。

すぐにMRIを撮ってもらったら、膵臓が全体に大きく腫れており、がんではなく自己免疫性膵炎が疑わしい所見でした。

自己免疫性膵炎であればステロイドで治る可能性が高いので一安心ですが、ステロイドを使うと糖尿病がさらに悪化することは避けられませんので、インスリン注射による治療が不可欠です。というところで、その後の検査と治療は入院のうえで行うことになりました。

糖尿病が急激に悪化した時には、是非膵臓の検査を受けることを考えて下さい。

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