陰性の証明書がなければ働けない!?

新型コロナウイルスを巡ってさまざまな理不尽がおきていますが、本日(6月1日)の朝日新聞には「感染疑わしい人とは働けない」 陰性証明の要求相次ぐという記事が載っていました。この「陰性の証明書を持って来い」というのは実はものすごく理不尽なことなのです。

朝日新聞2020年6月1日号朝刊(関西版)より転載

医学的に必要性を認められ無い人に検査をするような余裕はありませんし、仮に余裕があって検査を行ったとしても偽陰性がある検査では「陰性の証明」にはなり得ません。

ある検査を行った時に「本当に病気がある人を陽性と判定できる率」感度「病気がない人を陰性と判定できる率」特異度と言います。実は病気があるのに検査で陰性になってしまうことを偽陰性、病気はないのに陽性になってしまうことを偽陽性と呼びます。理想的な検査は、病気がある人は全て陽性と判定出来て(=偽陰性がゼロ)、かつ病気がない人は全て陰性と判定できる(=偽陽性もゼロ)、感度100%、特異度100%の検査という事になります。ところが世の中にそんな魔法の様な検査はあり得ず、どんな検査にも限界があります。

新型コロナウイルス感染で現在最も頼られているPCR検査も検査のタイミングによって数十%の偽陰性率があります。仮にこの検査を受けて陰性の結果が出たとしても、「新型コロナウイルスには感染していないから安心して仕事をしてよい」という証明にはならず、「検査は陰性だったが偽陰性の可能性が少なからずあるので引き続き注意して下さい」としか言えないのです。

*偽陰性の確率についてはちょうどAnnals of Internal Medicineという医学雑誌に論文が掲載されていました。
Variation in False-Negative Rate of Reverse Transcriptase Polymerase Chain Reaction–Based SARS-CoV-2 Tests by Time Since Exposure
この論文によると、感染5日目に症状が出たとして、偽陰性の確率は感染1日目は100%、発症前日の4日目でも67%とかなり高く、発症日でも偽陰性率の中央値は38%もあり、8日目には20%、9日目には21%と低くなりますが、21日目には66%と再び度高くなります。

さらに、PCR検査の偽陽性についてマスコミではあまり問題にされていませんが、ゼロではあり得ません。事前確率が低い(状況的にかかっている確率が低い)人にやたらと検査した場合、わずかな偽陽性率(それがたとえ0.1%しかなくても)から出てくる偽陽性者が実数では陽性者の大半を占めることになりかねず、医療現場を混乱させて医療資源の無駄遣いを助長し、医療崩壊の片棒を担ぐことになる恐れがあります。

このような検査を有効活用するためには、検査の前にその人が病気を持っている可能性(事前確率)を適切に評価することが極めて重要なのです。PCR検査を増やすことは悪い事ではありません。医学的に見て疑いがある(=事前確率が高い)人には積極的に検査を検討すべきで、今までの日本の体制でそれが十分できていなかったのは、現場の医師は皆が感じていることです。しかし、疑いが低い人にいっぱい検査をすることは、陰性であることの証明にもならない上に、陽性であっても本当に病気があるかどうかさえ怪しいです。

日本人の検査好きは新型コロナウイルスに始まったことではなく、インフルエンザが流行る時期には職場でやたらと「証明書」を要求する風潮が昔からありました。もちろん広く行われているインフルエンザ検査も、偽陰性の問題は少なからずあり、「陰性を証明すること」など本来は不可能なのです。

優れた臨床医であれば流行状況や自覚症状、身体所見を総合的に考慮して、「検査に頼らずともインフルエンザの可能性が高いから休むべきだ」とか「可能性は低いので検査を受けるまでもなく、心配しなくてよい」などの判断をかなりの正確さで(場合によっては検査よりも高い精度で)下すことが出来ます。それでも判断に迷う時が本当は検査の出番なのです。

検査を行う前に臨床医が下した「インフルエンザである可能性」を事前確率と言いますが、事前確率が極めて高い場合に仮に検査を行って陰性となっても、「検査は偽陰性の疑いが濃厚なのでインフルエンザとして静養、治療しましょう」という事になります。逆に事前確率が極めて低い場合に検査をして陽性となった場合、「偽陽性の可能性が高いので治療の必要性は低いでしょう。でも検査が陽性に出てしまったので無視し難いですし、困りましたねえ。どうしましょうか?」と混乱を招くことになります。

このような検査の意義を正しく理解することも、病気を知り己を知って賢い患者になるために大切です。次回は検査の感度、特異度と事前確率についてもう少し詳しく解説します。

関連記事

  1. ワクチン開発の展望(1)

  2. 新しいワクチンについてもう少し詳しく・・・

  3. ブログ開設にあたって~ 知病知己(ちびょうちき)とは

  4. 新型コロナウイルス感染へのマスクの効用

  5. 新型コロナウイルスの抗体陽性率調査

  6. 糖尿病と新型コロナウイルス感染の重症化リスク

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。