血栓による病気と抗血栓薬

普段の診療に発熱外来が加わり、2月頃からドタバタ続きで更新が出来ませんでした。私のクリニックは医者は一人だけですので、発熱や咳の方は通常の患者さんの診察が終わったあとで時間をずらして来て頂くしかありません。

その上に3月後半からは新型コロナウイルスワクチン接種の準備で役所との会議やそれを受けての医師会内部の会議やワクチンのロスを極力抑えるための調整連絡を繰り返し、4月からはまたまた感染者が増加傾向で発熱者の対応にも追われ、あっという間に4月が終わってしまいました。

本来なら春を迎えてこころ浮き立つ季節のはずですが、まだまだ仕事にも日常生活にも制約が続きそうです。京都市街地の桜はいつの間にか散ってしまい、2年連続で花見もままならない春でした。京都市街の桜が散りおわった頃、人混みを避けて自転車で人里を離れて山の空気を吸いに行くと、コロナウイルスに翻弄されている人の営みを超越するかのように、悠然と桜が咲き誇っており、古今和歌集の「見る人もなき山里の桜花ほかの散りなむ後ぞ咲かまし(伊勢)」が頭にうかびました。

血栓による病気

コロナウイルス感染についての研究が進むにつれて、感染症と血栓症の関連がクローズアップされるようになりました。そこで血栓症について、すこし勉強してみましょう。

血栓による代表的な病気には、脳梗塞(脳血栓、脳塞栓)、冠動脈疾患(狭心症、心筋梗塞)、腎臓に繋がる動脈が冒される腎動脈閉塞、脚の動脈が詰まる閉塞性動脈硬化症や、脚の静脈が詰まる深部静脈血栓症とそれに合併する肺塞栓などがよく知られています。

コロナウイルス感染に伴う血栓症はこれらの病気とは違って、感染に伴う免疫の暴走(サイトカインストーム)が深く関わっています。コロナウイルス感染以外にも昔からよく知られた病気で、重篤な感染症である敗血症や癌の末期などに全身に血栓と出血が多発する病気があります。

なぜ血栓ができるのか

人の血液は血管の中を順調に流れているときには固まりませんが、流れが滞ったり、異物(血管外の成分)に触れたりすると固まるように出来ています。この仕組みは出血を止めてけがを治すためになくてはならないもので、その働きは下の図をご覧下さい。

(1)外傷などで血管に傷がつくと、(2)血管の傷んだ部分に血小板が集まってきて血栓を作り、止血します。血小板血栓による止血を一次止血と呼びます。(3)血小板血栓の上に血漿中の蛋白成分(凝固因子)が固まってフィブリン血栓を作り、より強固な止血(二次止血)が完成します。(4)引き続いて血管内皮細胞が再生して血管の壁を修復し、不要になった血栓は線溶系によって取り除かれます。

この働きのうち、血小板や凝固因子の働きが不足すると出血しやすくなり、血小板や凝固因子の働きが過剰になったり線溶系の働きが不足したりすると、血栓が出来やすくなります。

血栓による代表的な病気

動脈硬化が進むと、血管の壁がコレステロールの蓄積や高い血圧で傷つくことによって血栓ができやすくなります。冠動脈疾患脳血栓閉塞性動脈硬化症などはこのような動脈硬化性の血栓が主因です。(下の図の右半分、緑色の枠)

血管が傷んでいなくても、心房細動という不整脈が起きると心房の中で血液の流れが乱れるため、血流が遅くなった部分で血液が固まることがあります。また、末梢から血液を心臓に送り返す静脈は、もともと動脈に比べて流れが遅く、特に下肢の静脈は血栓が出来やすい場所です。これらの血栓が血流に乗って飛んでゆくと、末梢の細くなった部分で血管を詰まらせます。(図の左半分、オレンジ色の枠)この様に別の場所で出来た血の塊が飛んでいって血管を詰まらせることを塞栓と呼びます。脳塞栓肺塞栓が有名ですが、まれに腎臓や手足の血管が詰まることもあります。

病気による特殊な血栓

がん、白血病、細菌感染症(敗血症)など重篤な病気によって、血栓を作る反応のスイッチが入ってしまい、全身に血栓が生じる病気があり、播種性血管内凝固症候群(DIC)と呼ばれます。DICになると全身の血管に小さな血液のかたまり(微小血栓)が無数に生じて、細い血管が詰まって血流が妨げられるため酸素や栄養などが組織に届かなくなり、腎臓や肺などの重要臓器に障害を起こして多臓器不全という状態になり、生命の危険に陥ります。

それだけではなく、本来必要でないところで血が固まるため、血栓を抑える反応(凝固制御因子や線溶系)が活発になりすぎたり、本当に必要なところでは血栓を作る材料(因子)が不足したりして、全身で出血が止まらなくなります。血栓ができたり出血が止まらなくなったりが同時に多発するため治療がますます困難になる、予後の悪い状態です。

コロナウイルス感染が重症化するときには、免疫の暴走(サイトカインストーム)が絡んでいるということがわかってきました。サイトカインストームが起きると血栓を作る反応が刺激されてしまい、全身の血管で血栓が誘発されることが予後を悪化させる一因と考えられ、タイミング良く適切な抗血栓療法を行うことによって予後を改善出来ることも報告されています。

抗血栓薬(血をさらさらにする薬)の種類と特徴

飲み薬として使われる「血をさらさらにする薬」と呼ばれる薬は抗血小板薬抗凝固薬に分けられ、抗凝固薬には昔からあるワーファリンと近年使われるようになった直接経口抗凝固薬(DOAC)があります(下の表参照)。抗血小板薬よりも抗凝固薬の方が作用が強力で出血などの副作用もおこりやくなります。血流が速いところ(動脈硬化)の血栓予防には抗血小板薬が有効で(上図の右半分)、血流が遅いところ(心房細動や弁膜症で血流が乱れた場合や静脈)に出来る血栓には抗凝固薬が必要です(上図の左半分)。

「血をさらさらにする薬を飲んでいる人は納豆を食べてはいけない」と言われることがありますが、これはワーファリンだけの話です。ワーファリンはビタミンKの作用を阻害することによって、抗凝固作用を発揮しますので、ビタミンKを多く含む食品(納豆やクロレラ、青汁)を避ける必要があります。最近では多くの病気でワーファリンの代わりにDOACを用いることで、より安全かつ有効に治療できることが示されており、ワーファリンを使う患者さんは減ってきました。DOACの場合、納豆を食べても問題ありません

これらの薬を飲んでいる場合、怪我をすると血が止まりにくくなるので注意が必要ですが、よほどの大怪我でなければしっかり圧迫すると止まりますので、怖がる必要はありません。手術や胃カメラなどの検査、抜歯などの処置の際には、場合によっては休薬が必要ですので、担当医の指示に従って下さい。

コレステロールや中性脂肪の治療薬と「血をさらさらにする薬」がよく混同されますが、イコサペント酸エチル(EPA、いわゆるイワシの脂)以外の薬には抗血栓作用はありませんので、手術などの際にも休薬の必要はありません。

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